3.社会人時代

こんにちは、かねコーチです!
この記事では、

「かねコーチとは何者?」

という声にお応えして、自己開示させていただきます。

【パート1】幼少期から青年期
【パート2】大学から大学院時代
【パート3】社会人時代

の3つの時期に分けて、3本の記事にまとめています。
今回は、【パート3】社会人時代。

感情にフォーカスして、徹底的に自己分析をしてみました。

まずは、ぜひ僕のことを知っていただき、その他の発信内容もご覧いただけると嬉しいです。

■現在のプロフィール

  • 本名:兼若 勇基(かねわか ゆうき)
  • 出身:大阪府四條畷市
    ・大阪の中では比較的小さく緑の多いベッドタウン
    ・小中学校の同級生東修平が全国最年少で市長をつとめる市
    https://an-life.jp/article/972
  • 生年月日:1988年6月15日
  • 血液型:B型
  • 住まい:大阪の北浜周辺
  • 身長:172cm
  • 体重:68kg(2019年10月現在)
    ・2019年1月現在で83kgだった体重が、8ヶ月で15kgの減量
  • 仕事:コーチ/コンサルタント/YouTuber
    ・コーチとしては、経営者/ビジネスパーソン向けに主にキャリア設計と事業計画策定を支援するパーソナルコーチングを実施
     パーソナルコーチングサービスページ:http://kane-lifedesign.com/coaching/
    ・コンサルタントとしては、収益化を目指すコーチ向けに事業立ち上げのパーソナルコンサルティングを実施
     パーソナルコンサルティング サービスページ:http://kane-lifedesign.com/coach-consulting/
    ・YouTuberとしては、2020年4月から発信を本格化。
     「かねコーチTV」:https://www.youtube.com/channel/UCZ72WzXGLdDQOkbYSqrem2g
  • 学歴:現在MBA取得中
    ・四條畷市立忍ヶ丘小学校
    ・四條畷市立四條畷中学校
    ・大阪府立大手前高校 理数科
    ・大阪大学工学部 地球総合工学科
    ・大阪大学大学院 工学研究科 地球総合工学専攻 船舶海洋工学コース
    ・グロービス経営大学院(MBA)在学中
  • 好きなスポーツ:ラグビー/水球
    ・ラグビーは幼稚園〜中学生まで12年間。ポジションがバックスで主にウイング/フルバック
    ・水球は大学4年間。ポジションはフローター
  • 趣味:筋トレ、旅、読書
    ①筋トレ
    ・2019年1月より本格的に開始
    ・週4回のウエイトトレーニングを継続中
    ・2019年ベストボディジャパン高知龍馬大会に出場
    ・2020年ベストボディジャパン徳島大会ファイナリスト

    ②旅
    ・大学院を休学し2013年に世界一周
    ・好きな国はノルウェー/ラオス/イスラエル
    ・自然と調和した街並/人の温かさを感じられる場所が好き

    ③読書
    ・読書は、大学時代から年間50冊のビジネス書の読書を開始
    ・経営コンサル時代は、年間300冊のビジネス書の多読
    ・現在は年間900冊近くの読書

■過去の全体傾向

自身の過去について、ライフラインチャートを使って振り返ります

かねコーチのライフラインチャート

総じて、目標達成への没頭すること、他人から承認されることで満たされる人生

努力をして何か成果を出すことで満たされてきた
好きでないこと情熱を感じられないことに関しては、うまくやれない

他人からの承認を求める傾向が高い
チーム内で利己的になって和を乱したり
逆に評価されようと人の目を気にしすぎて、本当に自分がやりたいことをやれないことも
やりたいことがやれないと成果が出ず、しだいにモチベーションが下がることが多々

最近はようやく、他人からの評価よりも自分がやりたいことをやり抜き、社会に貢献したい欲求が強まってきた

【パート1】幼少期から青年期はこちら↓

【パート2】大学から大学院時代はこちら↓

【パート3】社会人時代

(1)経営コンサルタント時代

https://esnet.co.jp/

2015年4月、(株)エスネットワークス入社

就職で初めての東京暮らし
友人4名で一軒家でのシェアハウス生活を開始
場所は白金高輪で、シロガネーゼデビュー!
閑散とした場所で、品川にも近く非常に暮らしやすかった
たまにお互いの友人を呼んで鍋をしたり
プロジェクターで映画を見たり
シェアハウス生活は憧れだったので、現実にできたのは本当によかった

社会人1年目の最初の2ヶ月は研修期間
事業承継/再生/M&A/IPOなど、これまでふれたことのない世界を社員から生で聞ける貴重な機会
会計という学問も、ここでじっくり学べた
しかし、簿記2級の試験に受からない
そもそも本気で受かろうと思ってなかった
おそらくこういう試験や資格のためのお勉強って自分には合っていないんだろう
それよりも人から聞く生の情報から、全体像の理解と最新の情報を得る方がよっぽど実践的だと感じていた

福島常駐時代に参加した牛乳早飲み大会

研修が終わり5日後
僕は福島県にいた
短期出張ではなく、半年間福島県での常駐生活の開始だ

というのも研修後、東京本社のとある部署に配属
その2日後、福島県のクライアント企業への常駐を言い渡され、週明けから福島生活がスタートした
あっという間だった
決して珍しいことではなく、中小企業に常駐して実行支援をするのがエスネットワークスの特徴
もともと、そういう仕事に集中できる環境を臨んでいた
だからオールオーケーで、むしろこんなに早くとは願ったり叶ったり

仕事の「し」の字も知らない中で常駐開始
仕事内容は経理代行として、仕訳の入力/請求書のチェックなど
しかも、マネージャーは週に2回しか来ず、クライアント先のオフィスに同居しながらの業務
コンサルという立場上、わからないことがあってもクライアント先の方にすぐに聞きづらい状況
一人で考える時間がどうしても増える
どうやってフィーに見合った働きをするのか、自然と自問自答する
マネージャーのいない日はまず一人で考え抜き、その上でわからない点を電話で相談した

今振り返ると、当時のマネージャーは本当に優秀だったと思う
仕事の判断で迷ったとき、「お前が社長ならどうする?」という視座をあげる問いが印象的だった
ただ指示をするだけでなくコーチングを重視し、経営者の目線で仕事をさせてくれた
これ以外にも、仕事への姿勢を考えさせられる問いをたくさんもらった

自社全体としては体育会系の気質が強く、指示中心のマネジメント
ただこのマネージャーの下では、視座を高くかつのびのびと仕事ができていた
自由で考えて仕事がしたい自分にとって、このマネジメント方法はめちゃめちゃ機能した

仕事後は特にすることもなくほぼ勉強
田舎で買い物する場所も遊ぶ場所も全くないのがいい
1日3時間は読書にあてていた
読書数は年間200冊ほど
会社に書籍助成制度があり、書籍代は全て会社負担だったのはありがたかった
仕事でわからなかったことを書籍で学び、翌日の仕事に生かすサイクル
クライアント先で一人で考えないといけない環境で、書籍助成制度は成長するためにめっちゃ有効だった
ただこのときは、仕事のために本を読むというよりは、どれだけ本を読めるかということに重きを置いていた
要は年間200冊読んでます!って言いたいだけ
ひたすら冊数を読んでは、どんどん頭からこぼれていく感覚があった

半年後、僕は案件を終え東京に戻る
それとほぼ同時に、福島のクライアント企業の社長に、上司であったマネージャーが就任した
これには本当にびっくりした
背景はいろいろあるのだがここでは割愛

自分にとってはコンサルから経営者になるのがより身近になった
・自分も経営者になりたい!
・次の案件も本気でやろう!
そういう気分になった

大分常駐時代の最寄りの草原

東京に戻り、2ヶ月間は社内業務
正直この期間はあまり覚えていない
あまり面白みを感じなかった
多分クライアントが見えない中での仕事は向いてないのだろう
そうこうしているうちに、次の常駐案件が決まった

次は大分!
今度は3ヶ月の常駐
内容は、ファンドが買収した企業の予算制度、原価計算制度、月次決算制度などの導入支援
100日プランといって、買収後100日の間に上記の仕組作りをするのが一般的
・やることが大量にある上に納期が決まっている
・案件を紹介してくれるファンドがバックにいるためミスができない
というストレスフルな環境

場所は大分の竹田市というところで、本当に田舎
水が綺麗で、日本の名水百選にも選ばれるほど
夜になるとお店は閉まり、コンビニしか開いていないような場所だ

・8時から23時までの長時間勤務
・休みも最初の1ヶ月は2日のみで、その後は週1日ペースでの休み
と激務が続いた

車生活でほとんど運動せず、深夜に帰って食べるのはコンビニで買うラーメンやカツ丼など
3ヶ月で体重は5kg増え85kg、体脂肪率30%超えの体になった

岡山に同じ会社の別工場があり、そこにいるマネージャーから日々指示が飛ぶ
現地には友達もいないので、休日は家でだらだら過ごしたり、たまに大分駅まで繰り出したり
精神的にストレスが溜まる一方で、はけ口がない環境だった

ある日の朝
いつもは毎朝仕事が楽しいはずなのに、それが感じられず起きるのもしんどいことを感じる
体重も重くなり物理的に重い、というのも影響していたのだろう
今までのポジティブな自分とは、ちがう感覚があった
幸い、その日はたまたま休みだったので、1日中ひたすら寝倒し翌日にはなんとか回復
「この日が休みじゃなかったら・・・」と思うと今でもぞっとする
この経験から、イキイキと働く上で、「心身の健康が大事」ということを痛感した

一方で、この案件はこの年の「最優秀チーム賞」を受賞
皮肉にも心身の健康と引き換えに、成果が認められる形となった

3ヶ月間をなんとか無事に終え東京へ
この件をきっかけに、ダイエットを開始
食事改善から開始し、2ヶ月で4kgの減量
その後ジムに通いだし、週1,2でジムにいく生活が始まった
結果的に、2019年には8ヶ月で15kgの減量
毎週4度はジムに行くほど筋トレが趣味になった
2ベストボディジャパンにも出場できる体にまでなった

バングラデシュの街並

大分案件の後、1年間は東京を拠点として仕事を続けていた
常駐生活と比べて刺激に欠けると感じていた僕は、新しい活動を開始
プロボネットという、経営者に対し複数者のコンサルタントが集まって戦略立案をするというNPO団体だ
活動日は平日の夜や土日で、あくまで本業がメイン
https://www.probonet.jp/

ここにコンサルタントとして会員登録し、とある経営者を支援することになった
Edooというバングラデシュで就業保証付きのプログラミング教室を営むの会社
井原 啓登さんが代表をされている
http://www.edoo.co.jp/our_thoughts/

正直まだコンサル2年目で経験が浅く、大した力にはなれなかったと思う
ただそこで僕がとった行動は、井原さんについてバングラデシュにいくということ
支援期間中に井原さんがバングラデシュに訪問されると聞いた
そこでなんとか本業で休みを取り、約5日間バングラデシュの様々な場に同席させてもらうことになった
グローバルなベンチャー企業の活動を見てみたい!という好奇心がそうさせた

バングラデシュのグラミン銀行の訪問にも同席した
そこで目にしたのはグローバルな議論や交渉の連続
英語、ベンガル語、日本語の3カ国語が飛び交う中で、次々と意思決定がされていく
バングラデシュは若者が溢れかえっており、そのエネルギーも刺激的
グローバルな企業経営の面白さ/可能性を感じた訪問だった

日本という枠ではなく、「地球規模で影響力のあるビジネスがしたい」と強く感じた
もともと世界一周でグローバル視点自体はあったが、「ビジネスをグローバルに」という視点はここで得られた

石川の常駐先加賀温泉

エスネットワークスに入社して2年が経過

ジョブローテーション制度があり、入社して3年間は各部署を1年ごとに転々とする仕組
将来的に大阪での起業を考えていたため、3年目に大阪支店への異動を希望した

無事希望が通り大阪に戻れることに
大阪の天満に家を借り、無事大阪生活が始まった
かに思われた・・・

しかし、言い渡されたのは石川の会社への常駐
平日は石川・土日は大阪の生活が始まった
「月曜日の朝石川に向かい、金曜日の夜大阪に戻る」二重生活を1年半続けることとなった

大分レベルの激務ではなく、8時出社の18時退社
宿泊先は現地の温泉宿で、毎日温泉につかりリフレッシュできる環境
クライアント先は、従業員約200名の菓子製造業
支援内容は、月次経営会議の運営/原価計算制度の運用/生産管理体制の構築/システム導入支援など
最初の半年は弊社スタッフ自分1人での常駐、その後1年は部下もきて2人常駐だった

初めてのプロジェクトマネージャー任務であり、初めて部下を持つという経験
結果的にこの経験のおかげで、経営コンサルとしての自信、自分でも経営ができるかもという自信がついた
・経営会議で何をどう議論して
・そこで決まったことがどうリーダーまで伝わり
・それが組織の末端まで落とされて実行され
・実行する上で上下間・部門間の対立がどうおきるのか
という成熟産業の企業経営の全体像が見えた

経営者視点では、ビジョンを描いて示すことが一番重要だと改めて気づかされた
支援先の社長は自ら具体的なビジョン・戦略を立てないし、それを全社に向けてはっきりと発信しない
それが一因となり、社長への不満、上下間・部門間での対立が起きていると感じられた

でも、ビジョンを描いて社員に話すって、めっちゃ勇気がいること
話した上でもし失敗したら、全部自分の責任だし、社員からの信頼も失う
でもそれを考える上で同じ視座で理解してくれる人はいない
だから相談するのも難しい
全部一人で抱えて、孤独を感じながら考えないといけない
ビジョンを描いて自由にやって社会を変えられるのが経営者の醍醐味だけど、その裏には孤独と重い責任がひそんでいる
それがさらに事業継承ともなると、自分で意思決定もできない中で、重責だけを受けることさえある

しかし、全てを受け止めた上で、
・やっぱり自分でも経営をしたい
・コンサルとして他人の経営支援をしている場合ではない
という気持ちが次第に高まっていった
コンサルとして、あくまで実行支援/助言しかできず、会社の重要な意思決定をできないことにもどかしさがあったのだ

一方で、
・まだやりたいことが具体的にない
・実際に起業する自信が持ちきれない
という弱気な自分もいた

https://mba.globis.ac.jp/?_ga=2.195453164.1940827158.1572503454-1161402512.1522540037

・何で起業をするのか?
・起業への不安をどうなくすのか?
この2つの課題を解決するために、2018年4月よりグロービス経営大学院に入学した

かかるコストは2年で200万円
「2年以内に確実に起業する」という思いを叶えるために、必要な投資と考えた
人生は短い
早く起業して成功したい思いが強かった

グロービスでは
・志を磨くための科目があり、自分が何をしたいのかに向き合える
・土日の授業出席だけで、2年でヒト・モノ・カネの経営に必要な知識が手に入る
この2点が入学の決め手になった

最初の1年間は、ヒト・モノ・カネに関する基礎科目を学ぶ期間と位置付けた
通常は入学前に8科目まで事前に単位を取ってから入学するのが一般的
しかし、ギリギリで入学を決めた自分には持ち単位が全くなかった
通常で言えば、年間12科目ペースでの受講が必要
この時点ですでにきつい
しかし、あえて年間16科目ペースで、さらにきつくするという選択をした
最初の1年で基礎科目+アルファを学びきり、2年目は起業に集中する
受講する科目も起業に関連するものだけを取ろうと考えたからだ

案の定、通常の人の約2倍の科目数をとるのは相当ハードだった
経営大学院では、毎回の授業の度に20ページ以上のケースを読み、自分なりの回答を準備する必要がある
平日仕事が終わると全ての時間を、予復習にあてた
土日に授業を受け、懇親会も可能な限り参加した

特に印象的な科目は、志の科目
志の科目とは、自分の価値観を見つめた上で、社会へどういう影響を及したいのかを考え抜くための科目
自分がやりたいことを本気で見つけようと、とにかく自己分析、人との対話に時間を割いた
人からの誘いには予定がない限り乗り、気になることにはどんどん手を出した
おかげで2年目を迎えるころには、少しずつ自分のコアは心身の健康
具体的には、コーチングと筋トレだと感じるようになった

特に「コーチングを広めて自由にイキイキと生きる人を増やしたい」という想いが、心の底からわいてくることに気がついた
「これがしたい!」と言ったとき、すぐに共感して協力してくれる大学院の仲間がいる、という感覚もできてきた
※この感覚が持てたのは、2019年8月時点。この後記載のエグゼクティブコーチ塾の影響も大きい

起業したいと思ったときに、経営知識が必要なのはだいぶ先の話
まずは心からこうしたいと思えることを見つけること、それを支えてくれる仲間の存在が何よりも大切になると学んだ

(2)会社役員時代

https://www.rakukau7.com/

2019年5月ラクカウの取締役に就任した
事業領域はメンタルヘルス
簡単にいうと、心が弱ってしまった方に配慮をして、企業の戦力として働くことを支援する会社
自分も入れてまだ2名の会社で、これから事業を1から創っていくフェーズ
そのフェーズでNo.2というポジション
いわゆる参謀役というやつだ

なぜ自分で起業したいと思いながら、役員を就任を決めたのか?
理由は2つ
①自分のこれまでの人生が認められた感覚があったこと
②起業を目指す上で創造フェーズの経営を体感したかったこと

①について
2018年8月頃からと、けっこう前から社長に勧誘を受けていた
社長はこれまで個人でカウンセラーをやってきたが、今後はメンタルヘルスの領域でビジネスをスケールしていきたいという
そこで経営コンサル歴4年/MBA取得中で、鍛えられた戦略的思考力、言語化能力を買われた形
正直、これまでやってきたことが報われた気がしてすごく嬉しかった
自分自身の人生全体を承認された気がした

②について
経営コンサルに入ったのも、グロービスに通い出したのも、自分で事業を創ってみたかったから
でも、まだ自分の中での起業のビジョンはまだないし、何がしたいのかも定まっていなかった
その中でまずは、創業フェーズとはどういうものかを経験したい!という思いが強かった

一方で迷いも2つあった
①自らビジョンを掲げて起業したいのに、No.2という支援のポジションにつく経験に果たして意味があるのか?
②社長のビジョンに心から共感して、自分もそれを実現したいと思えるのか?

①について
起業家とNo.2の参謀ってタイプが全く違う感覚があって
起業家って漫画でいうワンピースのルフィみたいな冒険者のイメージで、右脳・感情優位
参謀は全く逆で、起業家がこれをやりたい!といったことを、どう実現していくかを考える、左脳・思考優位
頭の使い方がまるで逆で、No.2の役割を全うしたところで起業家に近づけるのかは疑問
でも、今やりたいことが見つからない中で、コンサルを続けるのか?創業フェーズを体験するのか?
コンサルを続けるよりかは、まずその世界だけでも知ることに価値があるだろう!
そう納得はできていた感じ
でも心のそこからワクワクして、No.2を全うしよう!とは思えていなかったのが正直なところだ

②について
・メンタルヘルスという領域に本気で共感しきれるのか?
・社長のいうビジョンの実現に向けて自分が本気になりきれるのか?
というのは、受ける上でめちゃめちゃ慎重に考えた

会社の理念は「社員にやりがいとやさしさを」
創業者の社長が
・自身が働きすぎてメンタル不調を起こした経験
・それから5年間の療養生活を送った経験
・職場でスペックの高い社員たちが次々とメンタル不調を起こす姿を目の当たりにした経験
が原体験となっている

そこから、
・企業側では、リーダーが部下に配慮するためにメンタルヘルスの教育、仕事にやりがいを与えるためのコーチングの教育が必要
・社員側には、リーダーに萎縮せずに言いたいことは伝えながら協調する姿勢が必要
という考えから、法人向けにメンタルヘルスの研修サービス、個人向けにカウンセリングサービス、を提供していた

自分自身はメンタル不調になったことはない
しかし、大分時代に心身の不調から仕事が嫌になりかけた経験はある
だから、メンタルヘルスの重要性は感覚的には理解できた

でも、自分にとっての喫緊の問題は、組織の中でどうメンタルヘルスの問題を解決するか?ではなかった
起業や独立をするためにどうやりたいことを見つけ、見つかった際に勇気を持って会社をやめて前に進むのか?
自分自身がそこに課題を感じているし、周りでそういった不安を抱えている人が多いという感覚があった
自分は「挑戦したい人を後押ししたい思いが強い」ということが、入社前からうっすらわかっていた

これは、メンタルヘルスよりも、コーチングよりの考え
ただこのときは、同じメンタル領域だし事業をする中で、メンタルヘルスにも興味が持ててくるだろうという考えだった
今思えばこの感覚、大学時代に船舶を好きになろうと必死に勉強してみて、結局興味が湧かなかった経験に似てる・・・
でも就任を決めたときには、似ているだなんて1ミリも思わなかった

コーチングのイメージ

ラクカウでの役員就任と同時期の2019年5月、コーチングの学習を独学で開始した
きっかけの1つは友人がやっていた「100人体験セッション」の企画でコーチングを受けたこと
自分のやりたいことを見つけて起業したい自分にとって、「自己実現・目標達成をサポートする」というコーチングの概念にどハマり
これまで大学受験、世界一周など、「最高の人生をどう生きるか」に本気に向き合ってきた身
その背景もあり、コーチングの可能性を感じるようになった

早速コーチングの書籍を5冊購入し、学習を開始
知識としてはわかるが、実際やるには独学だけでは難しそうだなと思った
そこで友人のあきお(https://akionakagawa.com/)に相談
すると「来月からエグゼクティブコーチ塾行きます」と返信が来た
何も考えずに即申し込み
43万円即決は自分でも引いたけど
それぐらい可能性を感じていたし、投資回収できるという思いもあった

ロバート・キーガンの成人発達理論

2019年6月、エグゼクティブコーチ塾へ通学を開始
http://ex-coach.mystrikingly.com/
2週間に約1回のペースで東京に脚を運んだ

ここではコーチングの方法論を学ぶよりも、自身の発達レベルを上げる場
発達レベルが高ければ、より多くの人にコーチングできるようになるという
例えば、経営者だと図の5段階の人がほとんどで
コーチの自分が4だと、5段階の人に圧倒されうまくコーチングができない
自身も5段階に上がることで、経営者でも臆することなくコーチングができる
だから、エグゼクティブコーチ塾というのだ

人の心理はたまねぎ

ここで実践した中でもっとも印象に残っているのは、「たまねぎワーク」というもの
細かい内容はコーチ塾との間に守秘義務があるので記載できず・・・
ただそこで起こったことは赤裸々に書くとしよう

上図でいうと、自分のアイデンティティに向き合い、今のアイデンティティをはぎとる
自分のミッションを見つめた上で、新しいアイデンティティに張りかえる、というもの
このワークのおかげで、自分のこれまでの人生を受け止め、起業家という創造できる人に本気でなれると信じられた

たまねぎワークは全部で3ステップ

1つ目のステップは、今のアイデンティティを知ること
自分のこれまでのアイデンティティは、「論理的で特別なすごい人」だった
そう思って自分を振り返ってみると、自分がいかに承認欲求を満たすためだけに努力を続けてきたかがわかった
・中学時代に成績でNo.1をとるためにがんばったり
・高校時代に成績をあげたくて戦略の力で上位にいったり
・大学時代に世界一周にいって特別な存在であろうとしたり
・経営コンサル時代に最優秀チーム賞を取るためにプレゼンを頑張ったり
・グロービスでひたすら勉強して、授業でいい発言をしようと手をあげたり
・筋トレをしてその成果をfacebookで発信したり
全ては自分が目立ちたい、他者から頑張っていることを認めてほしい、という承認欲求からきているのだと自覚できた

2つ目のステップは、今のアイデンティティを捨てること
メリット・デメリットを考え抜き、思考/感情共に納得しきって捨てることがポイント

正直、捨てるのはめちゃめちゃ苦しかった
1ヶ月ぐらい自問自答した
ラクカウの取締役の仕事も手につかなくなり、1ヶ月おやすみももらった
これまで一定の成果を出せてきたのは、「論理的で特別なすごい人」を演じてきたから
論理的だったからコンサルとして正しいことが言えたし、特別な存在であるために努力もできた
このアイデンティティを捨てることは、今までの自分を全て捨てることになる
この感覚がめちゃめちゃきつい

ここで肝心なのは「賞味期限切れ」という考え方
「論理的で特別なすごい人」というイメージの自分は、確かにこれまで原動力となり、自分を奮い立たせてきた
そんな過去の自分を認める、というプロセスがあることで、自分を全否定せずに済んだのだ
しかし、
・これからもこのアイデンティティのままでやっていくのか?もう賞味期限切れなんじゃない?
という問いに対し、答えは「No」

これから起業をする上で、「共感され、仲間と共に歩める。そんな経営リーダーになりたい」
その中で競争して、自分を特別にすごく見せようというアイデンティティは足かせになることが多いと感じた
これまでは機能していたアイデンティティ
でもこれからの自分のことを思うと、もう賞味期限切れなっていたのだ

最後の3つ目のステップは、新しいアイデンティティを決めること
出てきたのは、「もっと勇気を出して挑戦したい、周りも巻き込んで一緒に世界を創造したい」という思いだった

自分の過去を思い返すと、
・ラグビーでもタックルが怖くて思い切ってできなかったり
・大学時代に転籍をしなかったり
・大学院に惰性で入学したり
・社会人以降も一個に絞ることが怖くていろんなことに手を出したり
勇気を出して、やりたいと思ったことに本気で挑戦する、ということができないことに課題を感じていた
加えて、自分を特別ですごい存在と見せるあまり、いつも一匹オオカミで孤独なことにも課題を持っていた
これらの課題感が自分が本当に求めていたものの正体だったんだな、とめちゃめちゃ納得ができた

そして、それを裏返したものが、本来自分が求めているもの
・挑戦できなかった過去があるから、これからは挑戦したい
・一人で寂しい思いを感じてきたから、周りを巻き込んで一緒に何かを成し遂げたい

さらに周りを見渡してみると、
・大学院から理系企業に推薦で就職して、今のキャリアに少なからず不満を抱えていていたり
・グロービスで必死に学んでいるけれど、自分のやりたいことがなかなか見つけられなかったり
・やりたいことが見つかっても、リスクをとって挑戦する勇気が持てないかったり
そんな友人が山ほどいるんじゃないかと感じるようになった

「だったら、自分がみんなも挑戦したいと思えるような存在になろう!」

そこで決めたことは、
①自分がまずはプロコーチになって身近な人の心に火をつけること!
②自分自身が挑戦して、みんなのロールモデルになること!
の2つ

まずはここから地道にスタート
その後コーチングをもっと大々的に広める活動を人を巻き込んでしていけばいい

この思いは大学時代がつらかったときに、世界一周が目標になり希望が持てたときの感覚とめっちゃ似ている
ここから3年ぐらいはがむしゃらに前に進んむんだと思う

(3)プロコーチ時代

旅立ちのイメージ

明確にやりたいことが見つかった自分にとって、ラクカウで取締役を続ける選択は残っていなかった

自分のビジョン、やりたいことが決まった中で、早くその実現のために全力投球したい
他人のビジョンの実現のために、自分の時間を使っているわけではない
人生は日々の時間の積み重ね
1秒たりとも無駄にしたくない

1ヶ月おやすみをいただいた後、社長に相談し退職させていただくことになった
迷惑をかけたことは十分承知だが、その分も含めてしっかりと社会を良い方向に変えるために人生をかける

まずはプロコーチとして一人前になる!
そう思い、コーチとして独立を果たした !

2019年10月にプロコーチとして独立。
独立後は、わずか3ヶ月で月収100万円コーチとなった。


この過程についてはnote、

「たった3ヶ月で「月収100万円コーチ」になった方法」

で語っているので、ご覧いただけますと幸いです。

そして現在は

1.コーチング事業

2.コンサルティング 事業

3.メディア事業

の3つの事業を展開中。

今後も次々と事業展開をしていく予定です。

今後もご期待いただけますと幸いです。
今回はお読みいただきありがとうございます。

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